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宮沢賢治生誕107年 小祭
 
 夏休みは、私たちの会では、1年に一回のイベントの開催の時期です。
そのように決めているわけではありませんが、思い返せば去年も8月に、朗読/音楽会『ポラーノの広場/風と草穂』を開きました。
 そして今日、8月27日は私たちにとっては大きなイベントである『宮沢賢治生誕107年祭』を、鎌倉市のリラ自然音楽研究所のホールで行ないました。  
  代表の熊谷えり子さんは、同研究所所属の音楽セラピストでもあるので、『宮沢賢治生誕107年小祭』の開催を知り、私たち「でくのぼうの会」が催しのお手伝いをかって出た次第です。 

 当日は、定員いっぱいの80名の方が予約し参加して下さり、宮沢賢治作詞の『精神歌』『種山ヶ原』を始め、賢治作品から生まれた曲『天上への祈り』『プレシオスの梯子を登れば』などをみんなで合唱しました。途中、宮沢賢治の「でくのぼうの心」をアーという声にのせる「リラ」・世界で最もシンプルな合唱をはさみ、山波言太郎(『宮沢賢治の霊の世界』の著者、桑原啓善)先生のお話を聞いたり、自然音楽研究所所属の水元若さんの『星めぐりの歌』のリコーダー演奏を始め、月読かぐやさんの朗読『普香天使』に耳をかたむけました。それらは、参加者みんなの心に、賢治作品特有の、透明で、すがすがしく、とてもうつくしい思いを届けてくれました。 最後、みんなのリラの合唱の後、『星めぐりの歌』をみんなで歌いました。
  山波先生の「賢治生誕107年おめでとう!」というかけごえと拍手の中、ささやかではありますが、賢治を毎日心の糧とし、本当に賢治の精神を継いで生きていこうとしている人達の心のこもった『宮沢賢治生誕107年祭』を終えました。

報告・成内

 

久しぶりに「星めぐりの歌」を聴いて歌って、壮麗な宇宙のひろがりが感じられました。奇しくも6万年ぶりの火星の地球最接近の日に、賢治の生誕107年祭の日を迎えることが出来、何か、時代の大きな節目であるかのように感じます。このような日にお祭りのお手伝いをさせて頂いてとても有難く思います。

今井

 

賢治さんが生徒たちに言った言葉を思い出しました。
大正11年の夏、猿ヶ石川の川辺で賢治さんは生徒たちにこう言ったそうです。

「人間は何故生まれてきたか、ということを知らなければならないために、この世に生まれてきたのです。そしてこの問題を本気になって考えるか考えぬかによって、その人の生存価値が決定すると思います。」

賢治さんの声は、りんとしていて、少年達はみんなうなずいたそうです。

「なんだかホッとした気分になって、各々顔を見合わせました。その時、胡四王山の 頂上の松の木に、ざわざわ風が鳴り、陽かげもいくらか薄づいたようであります。
きょうほど少年達は空の青さや、水のひびきや、山の樹木が、美しく目に耳に映じたことはありませんでした。そしてその胸の奥には、先生の質問とその答えの正しさ 深さとが、いつまでも風のように鳴りひびく思いがするのでした。」
                        (関登久也『宮沢賢治物語』より)


追伸
 前日(26日)の夜と翌日(28日)の朝に、花巻市の桜(羅須地人協会跡地)に行って、
ご挨拶と御礼をして参りました。

平野

 

 

 今日は、賢治さんの107回目の誕生日です。
 そのお祝いに、たくさんのでくのぼう志願者の方々がお集まりになりました。
 山波先生から賢治さんにちなんだお話を伺った後、みんなで歌をうたい、リラをしました。
 「普香天使」の朗読は、月の美しい癒しの光が、静に優しく暖かく、波紋が広がるように、心地良くホール全体に満ち溢れて行くようでした。
 「精神歌」の歌詞では、特に「我らは黒き土に伏し、まことの草の種まけリ」と「険しきたびの中にして、われら光の道をふむ」というところが心に染み込み、でくのぼう志願者への応援歌に思えて、気持ちがさらに前向きになり、元気付けられた思いがしました。
 「ポラーノの広場」の歌では、会場全体の人の心が一つになって、賢治さんがつくろうとした世界を、全ての人の心の中に見る思いがし、「栄えある世界をともにつくらん。」という言葉がいつまでも心に残りました。
 そして、歌とリラを繰り返すうちに、何ともいえぬ聖らかな心持がして、賢治さんの青の世界に浸っている感じがし、最後のリラを終え、星めぐりの歌をうたい終わったら、瞬間、今から新しい時代、世界がつくられてゆく!とふいに感じました。
 心身ともに聖められ、しみじみと今の世の中で生きることの意義と、これから自分が何をすれば良いのかを再確認いたしました。

小島

 

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