表紙

   
本の題名    
著者
熊谷えり子 
レイチェル・カーソン
セヴァン・カリス=スズキ 著
   

 

 『あなたが世界を変える日−12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ−』 セヴァン・カリス=スズキ 著(学陽書房)


                               本の紹介/文 ・今井

 

今日の私の話には、ウラもオモテもありません――このように前置きして、世界の首脳を前に少女は語り始めます。


 1992年 6月11日、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで開催された国連の地球環境サミット。この場で、当時12歳の少女がわずか 6分間のスピーチをしました。その少女の名はセヴァン・カリス=スズキ。知る人ぞ知る「リオの伝説のスピーチ」をした人です。子ども環境運動(ECO【エコ】=the Environmental Children's Organization )を代表してのスピーチでした。
 「ウラもオモテもない」セヴァンの言葉は、一つ一つが凝縮された真実の言葉です。ですから、約11年前のスピーチは今もなお、さらに深刻さと現実味をおびて響いてきます。そして何よりも胸を打ちます。セヴァンのスピーチの言葉は、ここに全部引用したいぐらいですが、それは本書を読むまでとっておくことにしましょう。
 セヴァンの言葉を聴くと、今の現実世界がいかに偽りに満ち満ちているかを思い知らされます。そんな世界を組成してきたほとんどが、ウラとオモテ、すなわち本音と立前(たてまえ)で生きてきた大人たちなのです。そしてその結果が、戦争・環境問題を始めとする様々な問題を山積みにしている現状なのです。私たちの多くが、そのような「大人」の生き方を通して、図らずも少なからず、それに加担してきたのではないかと考えるとぞっとしますが、受けとめなくてはいけない事実です。                                  
  曇りなき眼をもつ子どもには、世界の原理(真理として、人の生き方の原理として)は「単純」に映るのではないでしょうか。素直に正直に生きること、何が正しいのかを考えていくこと−そういう生き方には、言葉巧みにごまかして現実問題から逃げ続けるようなずるい「大人」の生き方はありません。矛盾だらけの現実の人間世界に存在する問題に真摯に向き合います。それに対して自分の出来ることは何かを考えながら生きていくのです。その実行は、決して「簡単」な道ではないけれども、自分で自分に嘘をつかなくてもいい「単純」(シンプル)な生き方です。
 自然界のシステム原理は、実に理にかなった、無駄のない「単純」(シンプル)なものです。その構成は「複雑」なものですが、完璧なまでに見事に調和がとれています。
 人間は原理において、ウラとオモテを使い分けて「複雑」にしてきたために、その構成をも「複雑」にする必要のないところまで「複雑」にし、不調和なスタイルを取り続けてきました。
 そしてその歪みをもって自然界の調和まで崩し始めたのは、いったい誰ですか?
 それは他ならぬ人間です。人間しかいないのです。それならば、その張本人である人間が、人間社会においても自然界に対しても、崩れ落ちた積み木を今度は決して崩れない方法で、一つ一つ慎重に積み上げていくしかありません。
 その方法とは?セヴァンはこう答えます。それは「自然から学ぶ」ことです、と。
 私たちは、そのシステムだけでなく生き方そのものを自然から学ぶ必要があるでしょう。その姿勢を忘れずに生きていれば、身体は大人になっても、どんなに年を経ようとも、幼子のような心を持ち続けることは可能なのではないでしょうか。少なくともセヴァンがそのような人間の一人であることは、本書に掲載されている現在24歳の彼女の言葉を読めばわかります。
 最後に一つ注意をしておきたいのは、リオの環境サミットでのセヴァンのスピーチの機会は、決して最初から用意されていたものではないということ。国連から招待されたわけでもなんでもなく、セヴァン自身がサミットの情報を聞きつけて、「子どもこそがその会議に参加すべき!」と自分たちで費用を集めてリオまで行ったのです。最初はその計画を大人たちにバカにされていましたが、強い意志と粘り強い努力のもとに、リオ滞在予定の最終日の最後の最後の瞬間に、セヴァンらはスピーチのチャンスをつかんだのです。まさに、強い意志、自立心、たゆまぬ努力によって自ら道を切り開いていった過程です。
 「12歳の子どもなのになんてしっかりしているんだろう!」と感心している場合ではありません。セヴァンは教えてくれました。子どもであろうと大人であろうと、一人の人間として何が出来るかということを。地球のために、私たち未来のために。
 さあ、あなたも今日という日を「あなたが世界を変える日」にしていきましょう!

 

 セヴァン・カリス=スズキ 著
/ナマケモノ倶楽部 編・訳


『あなたが世界を変える日−12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ−』
(学陽書房)

 

 

 

 『センス・オブ・ワンダー』 レイチェル・カーソン 著 (新潮社)


                               本の紹介/文 ・今井

 

 センス・オブ・ワンダー(The Sense of Wonder)−あえて日本語に訳すならば、「神秘さや不思議さに目を見はる感性」とでもいえるでしょうか。しかし、「センス・オブ・ワンダー」は、やはり「センス・オブ・ワンダー」としか言いようがないのかもしれません。その言葉には、他にも様々な意味が込められているように感じるからです。
 本書は、レイチェルが甥のロジャー(正確には姪の息子)と一緒に、海辺や森の自然の中で過ごした経験をもとに書かれた、エッセイ風の作品です。ロジャーとともに体験した自然の描写だけでなく、レイチェル自身がそれまでに体験してきた自然、そしてその自然に対する思いが、美しい言葉とやさしい文体で綴られています。そして、美しく神秘的な自然を素直に感じることの出来る「センス・オブ・ワンダー」を子どもとともに育むことの大切さを、静かに語りかけてきます。また、本を開けば、この文章にピッタリの、はっとするような素晴らしい写真が目に飛び込んできます。
 レイチェル・カーソンは、『沈黙の春』の著者として有名ですが、この『センス・オブ・ワンダー』は意外と御存じない方も多いかもしれません。しかし、彼女の『沈黙の春』の執筆を彼女自身の中で支えたのは、まさにこの「センス・オブ・ワンダー」であったことを、私は信じて疑いません。                                       レイチェルは『沈黙の春』を執筆中にガンに冒され、最後の仕事としてこの『センス・オブ・ワンダー』に手を加え始めました。そしてこの作品をさらにふくらませて単行本として出版しようとしていたのですが、時は待ってくれませんでした。死後、彼女の友人たちの手によって出版されたこの『センス・オブ・ワンダー』は、レイチェルの遺言ともいうべき作品なのです。
 環境問題が盛んに叫ばれる現代だからこそ、農薬の危険性は誰もが承知していますが、農薬が使われ始めたばかりのレイチェルの時代に、その実態を突き止め、膨大な科学的データに基づき、論理的にかつ一般市民に分かり易く訴えていく事は、決して容易なことではなかったはずです。誹謗中傷し邪魔立てする勢力と闘いながら、そして自身の病気とも闘いながらも、彼女は大作『沈黙の春』を書き上げました。そうまでして彼女を執筆に向かわせたのは何だったのでしょうか。それはいのちを純粋に愛する心です。そしてそのいのちのために正しいことを求めていく心です。すなわちそれがセンス・オブ・ワンダーなのです。
 本書『センス・オブ・ワンダー』を読み、レイチェル・カーソンの生きざまをみていくと、センス・オブ・ワンダーとは、美しいものを美しいと素直に感じる幼子のような心でもあり、不思議さや神秘さに敬虔な気持ちを抱く心でもあり、真理を真摯に求めていく心でもあるといえそうです。そして何よりも、等身大にいのちを見つめる目が根底にあるのではないでしょうか。
 いのちはひとつ(ワンネス)として見ていた宮沢賢治も、レイチェル・カーソンと同様、生涯センス・オブ・ワンダーを持ち続けた一人に違いありません。だが、彼らが特別なのではありません。センス・オブ・ワンダーは誰にでも持てるのです。持とうとさえすれば。子どもに出来るのですから。 私たちはそれを長い間忘れてしまっていただけなのかもしれません。ならば子どもに返って自らのセンス・オブ・ワンダーを呼び戻してみませんか。きっと、自分の人生をも、地球の未来をも変える大きなきっかけになるはずです。
    

*   *   *


 この本は、実は2001年に長編記録映画として映画化されています(『センス・オブ・ワンダー〜レイチェル・カーソンの贈りもの』製作/グループ現代 監督/小泉修吉)。私はこの映画を二度観ましたが、まさに「癒しの映画」という感じでした。上遠恵子氏の朗読を通じて、様々な自然界の姿が映し出されていきます。凝った技巧などは全くない素朴な映画ですが、その自然の映写は、決して唯物的な撮影の仕方でなく、人間の自然界に対するやさしいまなざし(センス・オブ・ワンダー)が感じられるものでした。だからこそ自然界は本来の美しさをもって目に映りました。自主上映なのでなかなか普通には観られませんが、もし機会があれば、ぜひ本と併せてご覧になることをお勧めします。

 

レイチェル・カーソン 著
/上遠恵子 訳


『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)

 

 

 
『こころで読む宮沢賢治』  熊谷えり子 著  (でくのぼう出版)
本の紹介/文・成内


 直木賞作家、森荘已池が「彼がいなければ賢治の人生はどれほど孤独なものになったろう」といったほどの、かつての賢治の親友/藤原嘉籐治は、賢治について聞かれたときに、こう言っていたそうです。
  「宮沢賢治とはとんでもないへだたりがある。宮沢賢治を語るには賢治に次ぐ体験、学識、洞察力をもっている人間が、賢治に次ぐだけの値打のある人が語ってはじめて、賢治の真相が分かるのです。私は十三年、約十四年間同じにいましたけど、とても賢治の全貌も、変貌も語るだけの資格がないのです。」
 私も、熊谷さんの本をご紹介したい反面、嘉藤治さんと全く同じ心境が致します。そこで、賢治研究者であればどなたでもご存知の、長年に渡って第一線で賢治関係書籍を紹介し続けていらした田口昭典先生の言葉をかりながら、それにまつわる私が感じたりとりとめのないことを書かせてもらおうと思います。

 田口昭典先生は、この本に次のような言葉を寄せられています。

 (本の内容紹介は左記より略)

 賢治の作品を読む人達には、ふた通りあると思う、ひとつは「北極の、空のような眼をして」(フランドン農学校の豚)作品を批判し、解析し業績を上げ、名声を博したい人達と、賢治が死の直前に母へ「いつかは、きっと、みんなでよろこんで読むようになるんすじゃ」と言った、その賢治の言葉の通り作品を喜んで読む人達である。
 重箱の隅をつつくような枝葉末節に拘り、賢治の心からのメッセージを受け取れない人も居るが、この著者のいうように、頭で読まないで「心で読む」ことが出来る人は、幸福だと思う。
 第二部は、心で読んだ時に見えてくるものを、記録し、私たちに伝えてくれる。賢治を近寄りがたいと考えている人や、賢治作品の読書会のテキストにも好適と思われる、ただ第一部のテキストとは後の方がいいのでは、著者の謙遜からとも思われるが。

(宮沢賢治研究情報誌 あるひれお通信635号 2002.6.7) 


 短い文にも、本の魅力が見事に凝縮されているので、 一つ一つの言葉を良く見てもらえれば一番、この本についての価値が分かるだろうと思います。

 宮沢賢治は、人の為に走り回って、一緒に泣いたりオロオロしたりして、それでも褒められもせず、苦にもされない「デクノボウ」になりたいと、「雨ニモマ ケズ」の詩を手帳に書き残しています。賢治は、実際いつもみんなの痛みを自分のことのように感じ、いつも見えないところでひとしれず心をくだいて、生きていたと思います。だからこそ賢治のもっとも身近にいてそれを知る藤原嘉藤治さんは、賢治のすることの、思うことの「深さ、計り知れなさ」を感じていたのだとも思います。
 熊谷さんの宮沢賢治研究に関する学識もさることながら、でくのぼうの会に参加させてもらい、少し身近にいて私が目にするのは、熊谷さんのいつも人を先にする謙虚さ(でも、普通だと要領の悪い人、デクノボーと言われる…)と、見えないところで様々なご苦労をなさりながらも決して自分の犠牲などは表に見せず(ホメラレモセズ、クニモサレズ)、いっつも、人や木や動物達…みんなを自分のことのように思いやっている姿です。そういう賢治と同じ、ワンネス(みんな一つのいのち)の心を持つ熊谷さんだからこそ、賢治ワールドの小さな植物たち、弱い生き物達の痛み、 優しさそして、そういう「まこと」の世界を描きとった賢治の本心が見えてきたのではないでしょうか。
 
人は、人知れずされた本当の思いやりを知るとき、そしてずっとそれに気付かなかったのものにいつか気付いたとき、感動して涙を流します。
 私もこの本を読んでいて、「ああ、そうだったのか」とその時の賢治の、そして童話に登場する生き物達の「本心」に触れて、同じ経験をしました。

 この本は、難しい言葉、哲学、概念、知識を持っていなくても(もちろん知識のある賢治研究者にも)、大人にも子供にも(ぜひ学校などでも使って欲しい)、誰にも奥深くしみ込む、そういう強く、そしてどこまでも優しいエッセイ集だと思います。沢山の方に読んで(又伝えて) 頂きたい本です。

 

熊谷えり子 著 

『こころで読む宮沢賢治』
(でくのぼう出版) 定価1600円

 

 *内容紹介*

 第一部は宮沢賢治の童話集。

「おきなぐさ」「いちょうの実」「や まなし」「めくらぶどうと虹」「水仙月の四日」「双子の星」「竜と詩人」「イーハ トーボ農学校の春」「なめとこ山の熊」の九篇を「新校本宮沢賢治全集」を底本とし て大活字で掲載し、熊谷直人の素朴で爽やかな作品の雰囲気を伝える挿し絵が付けら れている。

 第二部は宮沢賢治の作品の中に秘められている「癒しの力」に注目した次の作品論から成る。
 

・ こころで読む宮沢賢治
   はじめに
   宮沢賢治の原点 愛が”法”であること
   破滅の原理に生きる人間「蜘蛛となめくぢと狸」
   本当の愛は自己犠牲の愛「双子の星」
   自然の愛をうたう詩人(設計者)の誕生
   自然界の愛をしると生き方が転換する
      
―氷砂糖をほしいくらいもたないでも―

・ 植物の愛
   花鳥童話を読むその(1)
      「おきなぐさ」にみる植物の聖性
   花鳥童話を読むその(2)
      「いてふの実」にみる植物の愛の本質
   花鳥童話を読むその(3)
      「やまなし」癒しの力を映した青い幻灯
   花鳥童話を読むその(4)
      「めくらぶどうと虹」

・ 雪どけの光
   氷(こお)る月「なめとこ山の熊」
   白い墓「フランドン農学校の豚」
   ひとこと
   やどりぎに託された自然界の愛「水仙月の四日」
   「イーハトーボ農学校の春」にみる光の思想
   太陽マジック

 

 

 

 

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